高松家庭裁判所 昭和46年(少)591号 決定 1971年11月17日
少年 B・J(昭二七・一・一一生)
主文
この事件について少年を保護処分に付さない。
理由
(非行事実)
少年は、自動車運転の業務に従事する者であるところ、昭和四六年二月二三日午後七時一五分頃、軽四輪乗用自動車(×香○××、××号)を運転して、時速約五〇キロメートルで南方から北方に向かい、香川県高松市○○町×××番地先道路を進行中、折柄の降雨と対向車の前照灯のため前方が見え難い状態であつたので、適宜減速し前方およびその左右を注視し進路の安全を確認して進行し、未然に事故の危険の発生を防止すべき業務上の注意義務があるのにかかわらずこれを怠り、漫然同一速度で進行を継続した過失により、偶々同所道路左側を同方向に歩行中のS・K(当時七一歳)を約一三・〇メートル手前に至つて初めてこれに気付き、直ちに急停車の措置をとると共にハンドルを右に切つたが及ばず、同女に自車左側を接触させて同女を路上に転倒せしめ、さらに自車を道路右側に逸走させて対向して来たN・N(当時四六歳)運転の普通乗用自動車に衝突させ、よつて右S・Kに対して入院一日間、加療約二日間を要する腰部挫傷の傷害を負わせ、右N・Nに対して加療三日間を要する頸部損傷、腰部捻挫、左前腕挫傷の傷害を負わせたものである。
(適条)
刑法第二一一条前段
(処遇)
一 本件事故について、少年の過失は決して軽々しく考えることはできず、幸いなことに偶々本件被害は比較的軽微で済んだものの、死亡事故にも発展しかねない事故態様であり、また、被害者らに過失があるとは認められない。
二 しかしながら、家庭裁判所調査官大池千尋作成の少年調査記録記載のとおり、現在においては少年は、本件事故、従前の交通違反につき反省し、自動車運転をさけ、父親も、少年の指導に意欲を示し、要保護性微弱と認められ、保護処分に付するまでの必要性は認められない。
三 本件につき検察官送致決定をすることについては、十分考え得るところではあるが、後記経緯のように、本件につきすでに一たんは検察官送致決定がなされたものの、検察官が公訴提起することなく当庁に再送致してきたものであり、前記第二項の事情に照らすと、再び検察官送致をして、少年にこれ以上負担をかけることは、少年の適正な保護の観点からして、妥当な措置ではないと思料する。
(本件送致手続について)
一 本件については、昭和四六年三月二六日、「刑事処分相当」との処遇意見付きの送致書をもつて検察官から送致があり(同年少第二九〇号事件)、同年四月一九日、当裁判所裁判官が罪質情状に照らして刑事処分に付することが相当であると判断し、少年法第二〇条によつて検察官送致決定をしたところ、検察官は、「送致後の情況により訴追を相当でないと思料する。被害者両名の傷害程度は、二回ないし三回の加療で治癒していることが明らかとなつた軽微な傷害事案で、円満示談成立済である点考慮」を理由として、同年六月三〇日付送致書をもつて、本件を当庁に再送致してきたものである。
二 ところで、被害者両名の傷害程度については、昭和四六年三月一一日付S・Kの司法警察員に対する供述調書(「一日だけ病院で入院して、翌日退院してからは一度もいつておりません」)、同日付N・Nの司法警察員に対する供述調書(「四日間治療にいつただけでその後はいつておりません」)からして、当初の家庭裁判所送致時には、すでに、被害者らの傷害程度がほぼ前記非行事実中認定の程度であることは、検察官に判明していたはずであるから、この点は、少年法第四五条第五号の「送致後の情況」とはいえないこと明らかである。
次に示談についてみると、S・Kの前記調書には、「示談ですが、相手方の方で治療費、見舞金五千円いただいております」とあり、また、当初の家庭裁判所送致前の昭和四六年三月三日示談書が作成されているのであるから、S・Kとの間の示談は、前記「送致後の情況」とはいえない。N・Nとの関係については同人の前記調書中には、「示談ですが、相手方の父親と話し合つて、自動車の修理代と車を借りている代金を支払つてもらうということで話し合いはしておりますが、示談書については交わしてありません」とあるが、検察官送致決定前の同年四月一二日示談書が作成されているので(当裁判所は前回送致のときにこの点は検討済みである)、N・Nとの示談関係についても「送致後の情況」とは認められない。
三 そうすると、本件再送致は、少年法第四五条第五号に違反するものであるからその手続に瑕疵があるものというべきであるが、かかる瑕疵は、(再)送致そのものの無効、審判条件の欠缺をもたらすものでなく、家庭裁判所としては実体的審理をすることができるものと解する。けだし、(再)送致を無効として、審判不開始決定をもつて処理することとすると、結果として、当該事件については、刑事処分、保護処分のいずれについても、その余地がなくなるものであり、少年の適正な処遇ができない場合が生ずるおそれがあるからである(なお、一たんは検察官送致決定があつても、検察官が、全く同一内容の事件を家庭裁判所に再送致し、送り返してしまつた以上、もはや、右の検察官送致決定にもとづいて公訴提起を行なうことは許されないと解する)。
(結論)
よつて、この事件については、少年を保護処分に付さないこととし、少年法第二三条第二項後段により、主文のとおり決定する。
(裁判官 豊田健)